大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)598号 判決

上告人

石田正廣

右訴訟代理人

佐藤恒男

中條秀雄

被上告人

最高検察庁検事総長 安原美穂

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤恒男、同中條秀雄の上告理由第一点の一について

嫡出でない子と父との間の法律上の父子関係を成立させるためにどのような制度を定めるかは、立法的裁量に係る事項であり、民法が嫡出でない子と父との間の法律上の父子関係は認知によつてはじめて発生するものと定めていることは、身分関係の法的安定を保持する上から十分な合理性をもつ制度であつて、憲法一三条に違反するものではなく、また、右の規定は、すべての嫡出でない子について平等に適用されるのであるから、憲法一四条一項に違反するものでもないことは、いずれも当裁判所の判例とするところであつて(昭和二八年(オ)第三八九号同三〇年七月二〇日大法廷判決・民集九巻九号一一二二頁、昭和五四年(オ)第一四九号同年六月二一日第一小法廷判決・裁判集民事一二七号一一七頁)、いまこれを変更する必要をみない。論旨は、採用することができない。

同第一点の二、第二点の一、第三点の一について

本件記録に鑑みれば、本件認知請求の訴えは民法七八七条但書所定の出訴期間を徒過したのちに提起されたものであるから不適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、いずれも採用することができない。

同第二点の二、第三点の二、三について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 木戸口久治 安岡滿彦)

上告代理人佐藤恒男、同中條秀雄の上告理由

第一点 憲法違反

一、憲法第一三条、第一四条第一項について

(一) 原判決の引用する第一審判決は、「非嫡出子につき、いかに血縁的父子関係が明瞭であつても、法律上父子関係が形成されるまではそれは単なる事実上の関係にとどまる」とし、「現行民法上法律上の父子関係形成の方法としては、前記同様の要請から認知(任意認知、強制認知)のみを認めているのである」としている。

しかし、このような認知以外に非嫡出子と父との間の法律上の父子関係を認めないという解釈は、到底法解釈論として是認できるものでなく、個人の尊厳と幸福追求に関する立法上その他の国政上最大の尊重を要すると規定する憲法第一三条に違反する。のみならず、すべての国民が法の下に平等であり、社会的身分等により、経済的又は社会的関係等により差別されないと規定する憲法第一四条第一項に違反する。

(二) すなわち、法律上の父子関係の存在が単なる民法七七九条以下に定める認知以外に方法がないとするならば、事実上の父子関係があつたとしても、認知の方式によれないいかなる事情が存するにしても父子関係は存在しないこととなり全く不合理である。実際父子関係が法律上存在しない子の社会生活における現状は、父なし子として扱われ、就職、婚姻等社会生活上において著しく差別され一般市民と比して精神的、経済的に困窮していることは、公知の事実である。民法上の認知の制度は、第七七九条以下に定められているが、制度としてはともかく、その条文の形式上からみても父子関係の存在を認知だけによつて認めているとしているのでもない。

もし、原判決のような解釈が是認されるとしたならば、父子関係が法律上認められない非嫡出子にとつて、個人の尊厳と幸福等追求に関する立法上その他の国政上最大の尊重を要すると規定する憲法第一三条の最も基本的な人権を剥奪されてしまうことになる。

原判決の引用する第一審判決は、身分関係における法的保持の要請から認知制度を父子関係形成の唯一の方法と断じているのであるが、右の身分関係の法的安定性がこのような認知請求権者の基本的人権を全く剥奪してまで認められるとする合理性はなく、さらには、父子関係形成の制度を全面的に立法裁量事項に委ねているということもあり得ない。

(三) また、右のような解釈が是認されるとしたならば、父子関係が法律上認められない非嫡出子は、嫡出子と比して、法の下に平等であるとは到底言えず、非嫡出子として社会的身分により経済的においても、社会的関係においても著しく差別されることは明白である。

認知の制度を父子関係形成の唯一の方法だとして、これがすべて嫡出でない子について平等に適用されるから憲法一四条一項に違反しないという見解(最高裁大法廷昭和三〇年七月二〇日判決、民集九巻九号一一二二頁は、死後認知の出訴期間にかかる非嫡出子相互間に関する民法七八七条但書の問題であつて、本件に直接言及したものではない。だが、この大法廷判決を本件の趣旨の問題解釈に引用している最高裁第一小法廷昭和五四年六月二一日判決・判例時報九三三号六〇頁、判例タイムズ三九一号七二頁は不当である。)は、憲法第一四条第一項を実質的排除もしくは無視する不当なもので、到底容認できない。すなわち、この見解は、非嫡出子という身分を有する者が、何故に嫡出子と比して著しく差別されるのか、それが合理性を有するのか否か等について何も答えていないし、一定の身分を有する者相互間は平等であれば、その身分を有しない者との間で不平等でもかまわないということになつてしまうからである。

(四) 以上のとおりであるから、非嫡出子の父子関係の成立は、血縁関係があれば、父子関係存在確認請求訴訟によつても認められるというべきであり、もし、これを原審判決のいうように認知以外に方法がないとする解釈であれば、憲法第一三条、第一四条第一項に反することになる。

二、憲法第三二条について

(一) 原判決の引用する第一審判決は、「民法七八七条但書による認知請求の出訴期間は、身分関係における法的安定保持の要請から、父死亡の事実に関する知、不知を問わず、父死亡の日から三年以内に限るものというべきである。」としている。

しかし、この民法第七八七条但書にいう出訴期間を三年と定めていることの当否はともかく、この期間を経過すればその間に知、不知等いかなる事情が存しようとも非嫡出子の強制認知請求に関する権利を喪失することになり、とくに知らなかつた場合にまでこの権利を喪失させるというのは、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと規定する憲法第三二条に違反する。

(二) 民法第七八七条但書は、ただ出訴期間を三年と定めるにすぎないけれども、右憲法上の裁判を受ける権利を保障するためには、知つたときから三年以内に訴訟提起をすれば足りるという解釈が最も合理的である。

最高裁第二小法廷昭和五七年三月一九日判決(昭和五五年(オ)第一〇七二号、現在時判例集未登載、ただし、週刊法律新聞昭和五七年三月二六日号八頁)は、非嫡出子が父の死亡を知つた日から起算すると判断を示している。

(三) もし、原判決のような判断が正しいとすれば、前記のとおり非嫡出子にとつて父の死亡を知らずに三年を経過してしまつた本件の場合は、裁判を受ける権利を行使する機会を全くもたないまま喪失してしまうということになり、結局、憲法第三二条に違反することになるのである。

第二点 判例違反

原判決の判断には判決に影響を及ぼすべき判例違反の事由がある。

一、(一) 原判決の引用する第一審判決は、「民法第七八七条但書による認知請求の出訴期間は、身分関係における法的安定保持の要請から、父死亡の事実に関する知、不知を問わず、父死亡の日から三年以内に限るものというべきである。」としている。

(二) しかしながら、前記最高裁第二小法廷昭和五七年三月一九日判決は、父死亡の事実を知らず出訴期間三年を経過して提起したとしても、「死亡の日から三年以内に認知の訴えを提起しなかつたことはやむをえなかつたということができ、しかも、仮に右認知の訴を提起したとしてもその目的を達することができなかつたことに帰するところ、このような場合にも、民法七八七条但書所定の出訴期間を徒過したものとしてもはや認知請求を許さないとすることは、認知請求権者に酷に失するものというべきである。右出訴期間を定めた法の目的が身分関係の法的安定と認知請求権者の利益保護との衡量調整にあることに鑑みると……他に特段の事情が認められない限り、右出訴期間は、」父死亡が明らかとなつた時から起算することが許される、としている。

(三) これを本件についてみると、上告人は、父が加瀬彙一であり同人が死亡しているのを知つたのは昭和五六年六月五日のことであり、翌七月三日本訴提起したのであるから、父死亡の事実を知つてから三年以内の出訴であるから、適法な訴である。

(四) よつて、原判決の前記判断は、右最高裁判例に違反して民法第七八七条但書の解釈を誤つた結果であつて、この誤りは判決に影響を及ぼすことは明白である。

二、(一) 原判決の引用する第一審判決は、「非嫡出子につき、いかに血縁的父子関係が明瞭であつても、法律上父子関係が形成されるまではそれは単なる事実上の関係にとどまるものであるからかかる自然血縁的父子関係そのものは確認請求の対象とはなり得ない。したがつて、これが当然に法律上の関係であることを前提としてその確認を求める訴は不適法である。」とし、「現行民法上法律上の父子関係形成の方法としては、前記同様の要請から認知(任意認知、強制認知)のみを認めているのであるから、これを潜脱する結果となる、右法律関係形成を目的とする原告主張の如き父子関係存在確認の訴を容認する余地はなく、右訴もまた不適法である。」として、父子関係存否確認請求訴訟が許されないとしている。

(二) しかし、父母の両者又は子のいずれか一方が死亡した後であつても、生存する一方は、検察官を相手方として、死亡した一方との間の親子関係の存否確認の訴えを提起することができるものと解するのが判例の見解である。

すなわち、最高裁判所昭和四五年七月一五日大法廷判決、民集二四巻七号八六一頁、および、同旨の同裁判所第一小法廷昭和四七年四月六日判決、判例タイムズ第二七七号一四三頁は、この旨明らかにしている。

(三) したがつて、右原判決の判断は、右(二)の判例に抵触する誤つたもので、この誤りも判決に影響を及ぼすことが明白である。

第三点 法の解釈、適用の誤り

原判決の判断には判決に影響を及ぼすこと明らかな次の法の解釈適用の誤りがある。

一、民法七八七条但書について

原判決は、本訴請求が要するに認知の訴えとして死後三年以上経過して民法七八七条但書に定める出訴期間を経過している、としている。

しかし、父亡加瀬が死亡したのは昭和一七年七月三〇日であるにしても、上告人はその事実を知らず、それを知つたのは本訴提起前の四か月位である。民法七八七条但書の三年の期間は、死亡の事実を知つてから三年以内と解釈すべきである。なぜなら父に捨てられたとか、父と一緒に生活していなかつた等子がその後父の死亡を知らなかつたとしても無理からぬものがあつて、むしろこのような場合死後三年以内の出訴は不可能であり、知つてから三年以内としなければ不可能を強いることになり、また子が未成年である場合に分別のついた成年に達してから三年以内としなければ、合理的な解釈は得られない。

それ故に、前記最高裁第二小法廷昭和五七年三月一九日判決は身分関係の法的安定性と認知請求権者の利益保護との比較衡量から、父の死亡の事実を知つた日から三年以内の出訴であれば出訴期間内の提訴として適法であるとしているのである。

したがつて、右原判決の判断は民法七八七条但書を法的安定性を重視し過ぎて誤つた判断をしたもので、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、民法七八七条本文、七八一条一項、七七九条について

原判決の引用する第一審判決は、既に摘示したとおり、すなわち父子関係存在確認は認知の方式以外に方法がないから、この訴は不適法であるとしている。

しかし、強制認知の場合は、民法七八七条本文、七八一条一項、戸籍法六〇条、六三条に定めているが、それは強制認知の方式を定めたことに尽きるものであつて、それ以外のものではない。なる程民法七七二条、七七九条と相俟つて、父子関係の存在を認知による立法主義(主観主義、意思主義、認知主義)によるという解釈はある。にもかかわらず、父母の両者または父のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方は、検察官を相手方として死亡した一方との間の親子関係の存否確認の訴を提起できるとするのが判例上(最高裁大法廷昭和四五年七月一五日判決、民集第二四巻第七号八六一頁、同第一小法廷昭和四七年四月六日判決、判例タイムズ第二七七号一四三頁)、学説上(山木戸克己・人事訴訟手続法八五頁、斎藤秀夫・家族法大系一八五頁、小石寿夫・法曹時報第九巻七号八三五頁、岡垣学・裁判法の諸問題中巻五一七頁等)是認されているところである。

また、民法第七七九条は、「嫡出でない子は、その父又は母がこれを認知することができる。」となつており、これが非嫡出子の親子関係の成立を認知にかからしめているといいながら、一方では、「母とその非嫡出子との親子関係は、原則として、母の認知をまたず、分娩の事実により当然発生するものと解すべきである。」(最高裁第二小法廷昭和三七年四月二七日判決、民集一六巻七号一二四七頁)というのであるから、非嫡出子の親子関係の成立には、認知の方法のほかに、血縁的親子関係の証明による確認でもよいということになるのである。

したがつて、原判決が前記のとおり法律上の父子関係は認知以外の方式では認めないという判断は、民法七八七条本文、七八一条一項、七七九条の解釈を誤つたものである。

三、民事訴訟法二二五条、戸籍法一一六条について

原判決は、前記のとおり父子関係の存否確認請求は、認知以外の方式は認めず、自然的血縁的父子関係そのものは確認請求の対象となり得ないと判断し、確認請求の趣旨を規定した民事訴訟法二二五条と判決による戸籍の訂正を定めた戸籍法一一六条一項を全く無視している。

しかし、本件は、真実が亡加瀬の子である上告人が、昭和一七年六月四日同人が死亡したことにより、亡加瀬の相続人たる地位を有しているのに、戸籍上同人が上告人の父である旨の記載がないため、関係者から相続関係やその他の親族の地位を否認される恐れが大であるから、確定判決を得て戸籍を訂正し、上告人の身分関係を安定させる必要がある事案である。

このような場合に、確認の利益があるとする見解は多数の者の支持するところである。

よつて、原判決の右判断は、民事訴訟法二二五条、戸籍法一一六条の解釈、適用を誤つたものである。

以上のとおり原判決は取り消されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例